何度読んでも意味がわからない素人原稿が、あちこちに氾濫している。「たかが原稿。経費を使ってまでプロに頼む必要はない」というクライアントが相変わらず多いということである。「正しくわかりやすく伝える」ために広報するのではなく、発行すること事体が目的となってしまい、原稿の内容や書き方まで気が回らない。また、デザインに予算を使っても、原稿料は予算に入っていないこともある。
以前、行政関連団体に頼まれてリライトの仕事をした。役人が書いた難解な文章を一般向けにわかりやすく書き直すというものだ。仕事を納め、わずかな金額の請求書を起こす段階になって「形にならないリライトでは報酬は出せないので、別な請求にその分を上乗せして欲しい」と言われた。リライトもライターとしての立派な業務だか、「なかったこと」にされてしまったのである。「日本語を正しく使う技術」の扱いは、行政サイドでも、この程度である。英訳はプロを頼まなくてはできないと考えるが、日本文の書き直しとなると価値はぐぐっと低くなる。
また、札幌の雑誌社や編集プロダクションが数多く手がけているグルメ系雑誌の仕事には文章力も取材力も必要ない。タフな胃袋とハードなスケジュールをこなす体力さえあれば、誰にでもできる仕事が多いため、編集者はベテランよりも若手を使いたがる。「原稿料を安く抑えることができる」「自分より年上は何となく使いにくい」という理由からだ。若手ライターは気軽にあごで使えるが、40代はちょっと……ということだ。
40代になると、フリーライターは激減する。その理由は、40代になっても20代と同じ程度かそれ以下の収入しか得られないからだ。子どもの教育費が増加するあたりから家計が危機に瀕し、家族から就職や転職を迫られる。
フリーライターとして年齢に合わせた収入をどう得るのか。労働にかけられる時間と体力は年齢とともに下り坂になることも考慮しながら、収入が上がるように仕事を変えなくてはならない。この問題を先送りしたまま、「安い原稿料の同じ仕事」を引き受けていると、結局は自分の首を締めることになる。収入と年齢の壁を乗り越えながらフリーライターを続けるのは、頭で考えているほど簡単ではない。
しかし、生涯続けたい場合はどうすればよいだろう。問題解決の第一歩は30代に始まっている。クライアントとの関係づくりである。「下請け」でなく、「対等な関係」で仕事ができるライターになることである。「フリーライターは下請けの安い労働力」が当たり前の業界で、「対等な立場」を主張するのは、「業界改革」に挑むようなもので、容易なことではない。しかし、若手にはない独自のデータと経験による的確な視点を生かしながら仕事をこなし、「この仕事は駆け出しには無理。あなたのようなベテランじゃないと」と言われるようにならなくてはいけない。若手ライター中心の仕事をしている編集プロダクションから徐々に手を引き、ベテランを歓迎する編集プロダクションやクライアントの仕事に切り替えなくては、生き残ることはできない。
また、「対等な関係」を社会的につくる「法人化」という方法もある。資本金だけでなく、さまざまな手続きや煩雑な経理業務も求められるので、かなりの気力と体力が必要だが、フリーで受けるよりは、対等な立場で仕事を展開できる。しかし、「書く」だけではなく、企画や人材コーディネートといった幅広いプロデュース力が必要となる。その闘いは楽ではないが、新たな道が開ける可能性は高まるだろう。
フリーライターの人生は、年齢と経験によって次のポストが用意される会社員のようにはいかない。フリーライターを続けるということは、「道なき道」を進むということだ。その覚悟がなければ、フリーライターという職業にあなたの未来はない。
