「ライターになるには、専門学校とかライタースクールに通ったほうがいいんですか?」と聞かれることがある。結論としては、行っても行かなくても、なれる人はなれる、なれない人はなれない。
私は、ライタースクールの講師を2年間、専門学校の講師を3年間勤めた。入学したばかりの学生が書いた原稿はかなり難解である。何度読み返しても意味がわからない。AがBなのか、BがAなのか、原稿から把握することができないので赤入れも難しい。「何を書いても、読み手が理解できなければ意味がない」と指導するが、2年後の卒業時には「伝えるために書く」タイプと「自分にだけわかる言葉で書く」タイプに分かれる。ライターを仕事にできる可能性があるのは前者である。後者はライターには向かない。
前者と後者との違いは、「自分の書いたものが稚拙でお粗末である」という現実を自分のこととして受け止め、自分の文章を見直すことができたかどうかである。
日本の義務教育における文章教育はまだまだ不十分だ。作文や感想文を書かせるだけで、具体的な添削指導は行わない。とりあえず提出さえすれば合格点をもらうことができる。
しかし、専門学校やライタースクールの講師は、現場で活躍している人が多く、「仕事で使えない文章」には厳しい。力不足に気づくことができた学生は、文章力を再構築することができる。講師に実力を認めてもらえれば、就職や仕事につながることもある。札幌の現場では「ちゃんと書けるライター」が不足しているからだ。
ところが、「自分の文章は使えない」という現実を認めたがらない学生が圧倒的に多い。独り善がりの「使えない文章」を「使える文章」と思い込んでいることが、成長の妨げになっている。
結局は本人次第……というところだが、私は、成人するまでにどれだけ本を読んだかによって文章力が決まるような気がしている。いい読者はいい書き手になれる。読書によって得られた豊富な知識は「何を書くか」の大きな支えになり、読解力はライターに不可欠な「取材力」や「情報分析力」につながる。
個人的な意見だが、ライターを目指すなら、専門学校やライタースクールではなく、四年制の大学へ進学することをおすすめする。たくさんの本を読み、視野を広げ、教養を磨く。ミニコミ誌を発行してもいいし、1つのテーマを追いかけてレポートを書き、出版社に持ち込んでもいい。4年間の大学生活はライター修行の場として最適だと思う。