「取材する仕事ってカッコイイですよね。自分の書いた記事が紙面に載るなんて、やりがいありますよね。私もやってみたいなあ・・・・・・」。
街のイベントを手伝っていた私は、取材に来ていたタウン誌の若い男性編集記者に言った。「やってみたい」とは言ったが、当時、私は26歳。2歳児と5歳児の子育てに追われる専業主婦である。文章を書いた経験といえば、高校時代に新聞局の局長として「ガリ版新聞」を発行していた程度だ。
からかい半分、「タウン誌の編集記者になったきっかけ」を逆取材して面白がった。しばらくして、イベント事務局にタウン誌編集部から電話が入った。主婦ライターを募集しているので面接を受けてみないかという連絡だった。
これが、私のライター人生の始まりである。今思えば、とても恥ずかしいことだ。ずうずうしいにもほどがある。大学で学んだわけでもなく、文章の書き方を勉強していたわけでもない。高卒でホテル勤務を2年経験しただけの「ド素人」が、成り行きと勢いで「書く仕事」を始めたのである。
だから、「ライターは誰でもなれる、学歴不問の職業なんですよね」と言われると、否定できない。しかし、ライターの収入で生活できる人間はごく一部だ。「自分の書いた文章をお金」にするということは、そう簡単ではない。そして、その作業は「楽しい」というより、「苦しい」。義務感でやる気を奮い起こしながらの体力勝負だ。
新人の私が自信を持って書いた原稿は、全面真っ赤になるほど修正が加えられた。「あなたの書いたものは、まったくダメ」と否定されたようなもので、かなり落ち込んだ。「私もやってみたいなあ」と軽々しく口にしたことを後悔した。ライターは、自分が書いた文章から、逃げることも隠れることもできない、能力を試される仕事だったのだ。
かつて私がそうだったように、「ライターはカッコイイ仕事」と誤解している人は多い。もし、あなたがライターを志しているなら、「ライターという職業の現実」を知った上で飛び込んで来てほしい。札幌のライター業界は「できる若者ライター」の人材不足だ。いつでも新規参入大歓迎である。