慶文社は、多くの人に役立つ病院広報誌を模索し続ける編集プロダクションです
病院広報誌制作
広報誌制作
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有限会社 慶文社
TEL 011-826-5141
FAX 011-826-5142
 
〒001-0901
札幌市北区新琴似
1条7丁目1-16
会社概要
1998年12月 慶文社設立
雑誌や新聞、行政のパンフレットなどで原稿を書いていたフリーライター東奈緒美が、「法人格を持っていた方が仕事の可能性が広がる」と周囲にアドバイスされ、軽い気持ちで会社を設立。後に、会社運営のためには膨大な事務処理が必要なことを知り、愕然とする。
1999年2月 慶文社の初仕事
北海道電力の会議記録の仕事を受ける。その後、広告代理店から、コピーや取材代行の仕事を受ける。
1999年12月 広報誌初受注
北海道ガスの子会社・北東住設機器株式会社の広報誌制作を受注。「垂れ流しにするマスメディアの仕事よりも、情報を伝える相手が見える広報誌の仕事をしたい」という東の念願がかなう。取材・写真撮影・編集を1人で担当した。しかし、仕事の中心は取材代行だった。
2000年4月 東、夜間のライタースクールの講師に
1999年から専門学校でマスコミの講師をしていた東が、夜間のライタースクールの講師も始めた。そこで、後にスタッフになる佐藤暢保を指導する。
2001年4月 佐藤暢保スタッフに
ライタースクールの卒業と同時に、佐藤がスタッフになる。当時は、アシスタントとして東の取材に同行していた。パソコンが得意で数字にも強かったため、経理・税務などの事務処理をすべて担当することになる。このころ、広報誌制作は北ガスショールームSAGATIKと、電子自治体実証プロジェクト協議会を加えた3つになっていた。
2001年11月 本州進出路線へ
インターネットのおかげで、東京と京都の出版社から仕事が入る。札幌の仕事よりも、非常に高い原稿料に驚き、「これからは北海道の情報を本州に売る会社を目指そう」と2人は決意する。何度か東京に売り込みに行き、いくつか仕事が発生したが、安定した収入にはならない。「費用対効果を考えると、この路線は得策ではない」という結論になり、半年足らずで、方針を見直すことになる。ここで、「2人で盛り上がったことは失敗する」というジンクスが生まれた。
2001年12月 東、骨折
東、凍結路面にて転倒。右ひじを骨折し、約1カ月の入院をする。年末進行の一番忙しい時期を、佐藤は泣きながらがんばった。このとき、東が入院した病院の広報誌の質があまりにひどいことに驚き、2人は「しっかりとした病院広報誌を作りたい」と心に決める。
2002年3月 編集ソフトを購入
少し資金に余裕ができたため、編集ソフト(Adobe Indesign Windows版)を購入。東のひらめきだった。当時、印刷業界ではMacintoshが一般的で、Windowsのノウハウは少なかった。それどころか、2人とも編集ソフトを見たことも、触ったこともなかった。「少しずつ勉強して、1年後ぐらいに実用できるようにしよう」と、佐藤は考えた。
2002年5月 病院広報誌企画スタート
病院広報誌の企画書と見本誌を制作し、約100の札幌の病院に送りつける。その後、東が電話でお伺いをたてるが、ほとんどが無下に断られる。その中で、熱心に話を聞いてくださった札幌しらかば台病院で、広報誌制作が決定する。
2002年9月 札幌しらかば台病院広報誌創刊
汗と涙の病院広報誌「しらかばの風」が創刊。社運をかけた企画が実になって、ちょっぴり感動した。
2002年12月 一眼レフデジタルカメラを購入
佐藤が毎日、毎日ヨドバシカメラに通って、「いつか欲しい」と見つめ続けていたCanonのEOS-D60を購入。フィルムを現像し、印刷会社に届けていたのが、メールでデータを送ることができるようになり、仕事の効率がアップした。
2003年1月 札幌厚生病院広報誌リニューアル
札幌厚生病院広報誌「ふれあい」のリニューアルに合わせて、慶文社が制作をすることに。病院が、日本医療機能評価機構の認定を受けるためには、広報誌を制作しなければならないということが、追い風になった。
2003年8月 柏葉脳神経外科病院広報誌創刊
柏葉脳神経外科病院広報誌「かしわば」が創刊。
2003年12月 事務所移転
事務所を移転し、ちょっぴり快適な仕事環境を手に入れる。また、パソコンのリース切れに併せて、新しいパソコンを佐藤が自作。偶然TSUKUMOで発見した限定2台の格安19インチモニタも購入し、さらに快適に(ヨドバシカメラやTSUKUMOが近いのが慶文社の自慢)。
2004年1月 業務用ファックス購入
取材帰りに、ふと立ち寄ったリサイクルショップで、業務用ファックスを発見。かなり古いものだったが、定価780,000円が5万円以下。これまで家庭用ファックスを使っていて、「A3が送れない」「感熱紙が丸まる」と苦労していたので、即刻、購入する。いつもヨドバシカメラで、物欲しそうにファックスを見つめていたのが、意外な形で報われる。が、その日に限って、どこからもファックスが送られてこなかった。
2004年2月 ホームページをkeibunsha1998.comに移転
本当はkeibunsha.comにしたかったが、すでにほかの会社に使われていたため、創業年である1998を追加した。
2004年2月 病院広報誌マニュアル連載開始
新規に取引する病院担当者向けの資料として、以前から構想を練っていた病院広報誌マニュアルの連載を開始。
2004年3月 倶知安厚生病院広報誌リニューアル
札幌厚生病院に続き、札幌から約100km離れた倶知安厚生病院の広報誌「げんき倶楽部」が新創刊。PDF校正が活躍し、慶文社の翼が一段と広がった(現在は休刊)。
2005年4月 佐藤、取締役に就任
佐藤が取締役に就任する。
2006年5月25日、6月1日・8日 「広報誌ボランティア講座」で講師を務める
札幌市男女共同参画センターで主催する講座の講師を依頼され、3日間講師を務めた。その後、広報誌に関するセミナーで講師に呼ばれるようになる。
2007年4月 北農健保組合広報誌リニューアル
北農健保組合広報誌「北農けんぽだより」のリニューアルに伴い、制作を請け負うことになる。
2008年4月 医療法人社団常松会広報誌リニューアル
東栄病院広報誌「えんれい草」を法人広報誌としてのリニューアルに伴い、編集アドバイスとデザインを請け負う。